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青梅マラソンを走って

森本崇です。

2/193年ぶりに開催された青梅マラソンを走らせていただきました。忙しさにかまけて全く運動していなかったので、エントリーする際に10kmのボタンをクリックするもすでにあえなく締め切り。。。不安にかられながら30kmの部にエントリーした次第です。思えば、昨年長年患っていた半月板損傷の手術をうけたのも、「もう一度マラソンを走りたい」という気持ちからだったので参加せずにはいられなかったというのもありました。

ただ、本番が近づくにつれて少しずつ体重コントロール(4kgは減らしました!)とランニングをして準備しましたが、結局5km以上は走れずに当日を迎えてしまい、家族からは、「完走できっこないからとにかく無理をして翌日の仕事に支障が出るのだけは避けるように。」と釘を刺され、どこでリタイアしてもわかるようにと子供が普段使っているBoT(GPS装置)を持たされ送り出されました。

行きの電車は当然ランナーでいっぱい、自信がない時は周りのランナーが皆、瀬古利彦と有森裕子にみえるものです。できるだけランナーだと気づかれないように(思いっきりウインドブレーカーにランニングシューズ姿でしたが)青梅線のすみっこで小さくなって過ごしました。

河辺駅に降り立って、まずは小学校へ向かい当日受付を済ませました。ゼッケンは前日に取りに行っていたし手荷物預かりも事前登録していたのでとてもスムーズ!心の中で、「いい流れですすんでるからきっと走れるはず。」と言い聞かせながらスタート地点に向かいます。

それにしても、、、後でも書きますが案内がとても行き届いていました。駅~小学校~スタート地点にはたくさんのスタッフの方が立っておられ、少し質問するとわかりやすく答えてくださりました。これは前日の体育館での受付の時も感じたことで、これだけ多くの方がかかわっていることに感謝しきれない思いをいだくとともに、救護所の当番医師募集の連絡に応じず、むしろ走る側になっていることに申し訳なさを感じずにはいられませんでした。

スタート地点はDポイント、すなわち一番後ろです(注:スタートは持ちタイムの速い順に並びます)。マラソン自体は若い頃に何度か走っていましたし、青梅マラソンも7-8年前に走っていましたが大した記録も持っていないので当然です。いつもなら特に気にならないのですが、今回は今までで最も完走があやういことを自分でも自覚していたので少しでもスタートを前で迎えようと早めに並びました。

そしていよいよスタート!毎回恒例となっている高橋尚子さんの激励に皆テンションを上げて走り出しました。

当初のプランでは1km7分ペースで3時間30分を目標にしていましたが、周りのペースがもう少し速かったこともあり折り返し地点までは630分ペースくらいで走ることができました。ここでの貯金が結果的に最後までタイムオーバーを気にすることなく走れた要因となりました。

本当に、、15-16kmまでは周りの景色もよくみえて、家族にも「たぶん大丈夫」と余裕のメールをして、沿道のブラスバンドや和太鼓の声援にも応えながら走ることができました。

しかし、17km付近から急に足が動かなくなり、もういつつってもおかしくない状態で復路の上り下りの連続を迎えることになってしまいました。今までのマラソンでは、この感覚はだいたい35kmくらいで感じていたので今回どれだけ体力が落ちていたかを実感することになってしまいました。

それでもなんとかつらないで走り続けながら、「人間はやっぱり二足歩行の動物なんだなー。つらないように走ろうと思えばちゃんと走れるんだなー。」とかなんとか考えながら歩くのとほぼ変わらないスピードでトボトボと走り続け、沿道でチョコレートを差し出してくれる小さな子供に感謝したり、27kmくらいで高橋尚子さんに追い抜かれ(すでに往路で1回追い抜かれていたので2回目笑)、最後には背中の若干曲がったご年配の方にも追い抜かれながらなんとかゴールまでたどり着きました。

記録は3時間44分、5830位という結果でしたが、今回はもう完走できたことで大満足でした。足の爪は左右とも3本ずつ内出血して腫れていましたが、最後まで足はつることなく、ゴールで待っていてくれた家族に感謝しつつ、屋台でお面を買って大満足の子供を抱っこしながら帰宅の途に着くことができました。

 

今回のマラソンで感じたこと、それは兎にも角にも青梅マラソンが本当に「地元に愛される一大イベント」であるということでした。

最初に書いたように、たくさんのボランティアスタッフの方がランナーを案内、誘導してくださり、当たり前かもしれませんが街道も封鎖、当日は完全にマラソン一色となります。沿道には、雨模様にもかかわらず多くの方が拍手して応援してくださり(当院の患者さんもチラホラ)、給水所以外でも水を配ったり(ゴミ箱まで用意されていました!)、お菓子を配ったりと至れり尽くせりでした。

正直言って、前回走った際にはまだ青梅であまり働いておらず、くわえてそんなに苦しくなかったこともあってそんな気持ちは皆無という恥ずかしい状態でのマラソンでした。しかし今年は、周囲の方の思いやりをスタート前からゴール後まで常に感じながらのマラソンとなり、うまく言えないのですが、青梅、奥多摩の皆さんのことを本当に「身近に感じることができた」1日となりました。私にできることといえば、日々の診療の中で皆さんに恩返しをしていくことだけですので、より一層気持ちに寄り添うことができれば、と考えています。

来年以降、ランナーとして参加するのか、救護所で備えることになるのかはわかりませんが、青梅マラソンをずっと支えていく1人として役に立てればと自然に思ってしまう、そんなすがすがしい経験をさせていただきました。

最後になりましたが、青梅マラソンにかかわった全てのみなさん、どうもありがとうございました。